映画 24の瞳 主演高峰秀子、大石先生、ロケ小豆島、監督木下惠介

     24の瞳

     1954年(昭和29年)に公開
     松竹大船撮影所製作

     監督・脚本   木下惠介

     主演      高峰秀子

  この映画は、1952年に発表された壺井栄さんの小説『二十四の瞳』
  が原作で、この2年後に公開されました
  
  日本が第二次世界大戦へと突き進んだ中で、その戦いの最中
  新しく女性教師として赴任し、そこの生徒達との触れ合いの中での
  体験を通して、戦争の悲惨さを描いた作品です

  古い映画ですが、色あせる事なく現代でも通用する
  日本の名画です

  ずっと前に一度観た映画ですが
  ネット検索で見かけ、再び視る事にしました
  全編白黒の映画ですが、さすがに往年の名画、退屈する事なく
  最後まで見る事が出来ました
  2時間半近くの長編映画でしたが、時間を感じる事なく感動の中
  最後まで楽しみました

  簡単なあらすじ
  映画は、1928年(昭和3年)から1946年(昭和21年)までの18年間を
  描いています
  撮影は、原作発表の翌年1953年(昭和28年)春から1954年(昭和29年)
  春にかけて行われ、その年の9月に公開されました

  ですから、この作品に出てくる小学児童から、スタッフ及びキャストの
  全てが戦時中から映画の中の時代を生きてきた人たちです

          

  物語りはある島の分校から一人の女性教師が居なくなり、その後任の
  教師に新任の女性教師がやって来ます
  時代は昭和3年の4月4日です
  新任の教師は、自転車に乗りスーツ姿で颯爽とやって来ます
  皆目を丸くしながら、新しく赴任してきた女性教師を見送ります

  分校は、小学1年から4年生までで、5年生から5キロ先の本校へ進み
  勉学に励みます

  先生は(大石先生)1年生を受け持ちます
  男児5名、女児7名の12名です
  
  先生の元で12名の児童は、明るく楽しく大石先生の授業を受けます
  そんな中、夏休みを前にした課外授業で、上級生のいたずらで足を怪我します
  大石先生は、この怪我が元で分校での授業がが出来なくなり、本校勤務と
  なりますが
  この怪我で返って、先生と児童との繋がりが深くなります 

  児童たちは泣きながらも遠い大石先生の家まで逢いに行きます
  そこで児童たちは、大石先生からご馳走になり、そして皆で海を背に
  記念撮影を撮ります
  そこには松葉杖を抱えた先生と教え子の姿が
  そして児童たちは対岸の村まで船で送り届けられました
  後日、この時の写真は皆さん配られました

  その内児童達も成長し大石先生のいる本校へやって来ました
  児童たちのいる島の村はとても貧乏な村でした
  そして家庭の事情で奉公に出る子が出てきます

  時が経ち戦時色が濃くなってきます
  子供達も大きくなり男の子たちは順番に兵役へと巣立っていきます
  戦死の知らせも入ってきます
  大石先生の夫も戦死します
  子供は3人生まれ一番下の子は女の子で貧しいながらも元気に育っています

  そして終戦を迎え厳しかった情報統制が無くなり自由に物事が云えるように
  島の生活でも食糧難で、雑炊なんかでお腹を満たす生活に
            
  そんな生活の中で末娘が柿の木から落ちて亡くなります
  母親の大石先生は、娘の亡くなった原因は空腹だと云います
  柿の木の上の方に有るまだ青い柿の実を採ろうとして木から落ちたと
  空腹から起きた事故でした
          
  終戦から数年すると生き残った子らも帰って来て、皆生活も落ち着きだすと
  その内の一人が謝恩会をやろうと
  そして7名が集まりました
  12名の教え子の内5名が無くなってしまいました

  そして謝恩会の席には先生への自転車のプレゼントが
  先生が再び分校への教師として赴任してきたご褒美でした
        

  先生はこの自転車で再び登校する様に
  それは、新任教師としてやって来た時と同じ登校時の姿でした

  この映画当時の生活をそのまま再現した様な映画で
  当時の生活の困窮がかいま見えてきました

  2度目の観賞でしたが、大変すばらしい映画でした
  忘れた頃にもう一度視たいと思っています
  

  
  

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